弁護士コラム

認知症JR事故訴訟

  1. 平成28年3月1日、一つの事件の判決が注目を集めました。
    その事件とは、愛知県大府市で、認知症で徘徊中の男性(A)が列車にはねられ死亡した事故をめぐり、事故により列車に遅れが生じたとして鉄道会社がAさんの妻(B)と長男(C)に約720万円の損害賠償を求めたというものです。
  2. 裁判では、BさんとCさんが民法714条1項により、法律上Aさんを監督する義務があるのかが主に争われました。
    第1審及び第2審は、特にBさんについて、同居する配偶者であることを理由にAさんを監督する法定の義務を負うとし、賠償責任があると判断しました。
  3. ただ、認知症患者が徘徊したことで生じた損害の賠償責任を、直ちにその配偶者や子が負うとなると、配偶者や子は認知症患者の徘徊を徹底的に防止しなければならなくなります。そして、徘徊を徹底的に防止するには、配偶者や子は一日中認知症患者に付き添う他ありませんから、第1審及び第2審の判決は、介護をする者に過度な負担を課すものだとして社会から大きな批判を受けていました。
  4. そのような中、平成28年3月1日、最高裁は「認知症患者と同居する配偶者や、認知症患者の子であるからといって、その者が直ちに認知症患者を監督する法定の義務を負う者に当たるとはいえない。」として、BさんとCさんには賠償責任はないと判断しました。
    この最高裁の判決により、単に認知症患者の配偶者や子であるという理由だけで、認知症患者の徘徊等による事故で生じた損害を賠償する必要はないことが確認され、介護の現場の負担を軽減する判決だとして社会では概ね肯定的に受け止められています。
  5. ただ、この最高裁の判決が示されたからといって、認知症患者の配偶者や子が賠償責任を絶対に負わないかといわれると、そうではありません。
    最高裁は「認知症患者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、認知症患者の監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、賠償責任を負う。」とも判断しており、認知症患者の配偶者や子も賠償責任を負う場合があるとしています。
  6. さらに、今回の徘徊事故では、妻Bさんは足が悪く自身も長男Cさんの妻の補助を受けながらAさんの介護をしており、現実的にBさんは一人でAさんの介護をできない状態でした。また、CさんはAさんと離れて暮らしており、Aさんの介護も専らCさんの妻に任せていたため、現実的にCさんもAさんの介護をしていませんでした。
    そのため、最高裁の理屈からいえば、認知症患者と同居する配偶者や子であって認知症患者を現実的に介護する者は、認知症患者の監督義務を引き受けたものとして、賠償責任を負わされる余地があるということになります。
  7. ただ、これだと熱心に認知症患者を介護した者であればあるほど賠償責任を負うリスクが高まるという結果となり、介護を引き受ける者がいなくなるという事態になりかねません。
    高齢社会では、認知症患者の介護は避けては通れない問題ですから、認知症患者を介護する者がいなくならないよう、介護する者の負担をできるだけ軽減していくべきです。
    最高裁のいう「認知症患者の監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情」に該当する者がどの範囲までかは、今後の裁判例の蓄積を待つ他ありませんが、介護する者に過大な負担とならない判断がされることを願うばかりです。